6/07/2012

リトグラフ工房 Idem


モンパルナス、以前このblogでもご紹介した老舗画材店ADAMのすぐ近くに
門を構えるリトグラフ工房Idemを訪れました。

画家の友人の紹介で知り合った韓国人のアーティストの女の子が
昔スタージュをしていたということで、案内をお願いしてしまいました。

噂ではよく聞いていたIdem、その歴史は1880年まで遡ります。
はじまりは印刷屋のEmile Dufresnoyという人物が開いたアトリエ。
その後、地図の印刷を専門とするMichard氏の工房がこの場所を引き継ぎ、
1976年に、もともと東駅付近にあったMourlot(ムルロー)氏の版画工房が
ここに移ってきたそうです。

門をくぐって通路を進み、緑色の扉を開くと、
年季の入った道具や石版が無造作に置かれたスペース。

壁に目をやれば、19世紀末から20世紀、そして現代を彩る芸術家たちの
ポスターや作品が並んでいます。

そんな中で見つけたのはジョルジュ・ルオーのポスター。
Hommage à Fernand Mourlot(Fernand Mourlotへのオマージュ)と書かれています。
Fernand Mourlot(1895-1988)は、東駅のアトリエで働いていた刷師。

       

リトグラフを刷るには、巨大なプレス機を使いこなし、インクの微妙な調整ができる
職人技術が必要不可欠だったため、画家たちは自分の描いた下絵をもとに、
理想のマチエールと色彩を実現してくれる職人たちと仕事をしていました。

彼自身も職人気質であったルオーは、刷りへのこだわりも強かったようで、
最初に依頼した刷師ポタンの仕事が気に食わず、続いて刷師ラクリエールの元を訪れます。

1993年には、目黒区美術館で「ラクリエール版画工房・巨匠たちとの60年展」という
展覧会が企画されていることからも分かるように、
ラクリエールはピカソ、シャガール、デュビュッフェ、さらにフォートリエらの
作品を生み出した、フランス近現代版画史においてとても重要な工房です。

そして、ラクリエールの版画工房でリトグラフを制作した画家の大半は、
ムルローのアトリエの門も叩いていました。

1997年にムルロー氏がモンパルナスのアトリエを手放すことになり、
現在のオーナーであるPatrice Forest氏が工房をそのまま受け継いだ際に、
名前だけをIdemと改め、今でも職人たちの手でリトグラフが刷られています。
つい最近までブラックの作品を刷った(!)という職人さんも働いていたそう。

入口を抜けて工房に入ると、そこは太陽の光が降り注ぐ広々とした空間。
リトグラフの色彩を見極めるためには、やっぱり自然光が一番なのかもしれません。




このアトリエに並ぶプレス機では、マティス、ピカソ、ブラック、ルオー、
ミロ、デュビュッフェ、シャガール、ジャコメッティ、レジェ、コクトーら
並み居る20世紀の作家たちのリトグラフが刷られてきました。

現代ではディヴィッド・リンチ氏もここで制作を行っているようです。
さらに、日本人では辰野登美子さんも訪れたとのこと。




歴史と確かな技術に支えられたIdemの工房は
石版画のもつマチエールに魅せられた現代の芸術家にとっても、
かけがえのない場所となっています。

ちなみに、ここで働いている日本人の方が、
とても素敵なブログを書かれているので、ぜひご覧になってみてください。

4 件のコメント:

  1. Yukikoさま、はじめまして。
    今年から都内の大学院でボナールの研究を始めたShinと申します。(男、修士1年です。)
    バーゼルのボナール展で検索してやってきました。
    僕も先月旅行でこの展覧会とル・カネの美術館を訪れたのですが、Yukikoさまのおっしゃる通りボナールが晩年に到達した眩惑的な色彩はあの土地の風光に浸る中から生まれたのだということを実感してきました。
    他の記事もいくつか読ませていただきましたが、Yukikoさまのご専門はドニなのでしょうか?
    こちらはまだ研究の入口に立ったところなので、これからいろいろ教えていただけたらと思います。
    よろしくお願いします。

    hervestmoon_arcadia@yahoo.co.jp
    もしよろしければメールアドレスをご登録ください。

    Shin

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    1. Shinさん

      返信がすっかり遅くなってしまいすみません。
      半月ほどヨーロッパを放浪していて、一度試みたのですがネット環境が悪く断念してしまいました。

      これからボナールを研究されるのですね。
      すでにヨーロッパの展覧会にも足を運ぶとは素晴らしいです。

      私は卒論、修論とボナールに取り組み、
      現在パリで準備中の博論はデッサンと装飾というテーマです。
      ですが、ボナールへの関心も持続していて、展覧会などは訪れるようにしています。
      ドニやルオーについては、以前の仕事の関係で調査しているところです。

      何か質問等あればいつでもご連絡ください。

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  2. Yukikoさま

    Idemに働く大津です。
    素敵な記事、またブログを紹介していただきありがとうございます。
    Yukikoさんのブログから見にきてくださる方もいるようで、色んな方に知ってもらえることはとても嬉しく思います。
    記事を読み、少しだけ訂正させて頂きたくコメントさせて頂いています。

    Dufresnoyさんのあと、一度ここにMichardという工房が入りました。ここは学校教育などで使う地図専門の印刷会社です。そしてそのあと、1976年にもともと東駅付近にあったムルロー工房がここに引っ越してきました。
    その後1988年にフェルナンさんが無くなられてからは息子のジャックさんが受け継ぎ、97年にムルローを手放すことになったので現オーナーのPatrice Forestが受け継ぎました。
    その際、全てを受け継いだのですがファミリーネームであったムルローという名前だけは変えてほしいということで、もともとItem(イテム)という現代アートギャラリーを持っていたForestが工房をIdem(イデム)と変えました。
    ジャックさんは現在NYでギャラリーをされていると聞いています。

    今回ここで生まれたDavid Lynchさんのリトグラフが日本で発表されることになりました。明日27日から7月23日まで渋谷ヒカリエ内の小山登美夫ギャラリーです。辰野登恵子さんも8/6より新国立美術館で始まる展覧会にここでのリトグラフを出してくださいます。
    日本でリトグラフを見せる機会に恵まれ嬉しいかぎりです。
    もし夏に日本に帰られる機会がありましたらぜひご覧になってください。

    また、工房の方にも足を運んでください。お会い出来れば嬉しく思います。
    長々としたコメント、失礼致しました。

    Idem
    大津

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    1. 大津さん

      お久しぶりです。コメントありがとうございます!
      返信が遅くなり失礼いたしました。
      ひっそりと書いているblogなのですが、大津さんのblogを訪れた方も
      いらっしゃるとのこと、嬉しい限りです。

      先日一時帰国して渋谷のヒカリエでDavid Lynch氏の展覧会を訪れました。
      場所柄若者も多く、かなりにぎわっていましたよ。
      そして渋谷のワタリウム美術館で開催中の「ひっくりかえる」展にも足を運び、
      JR氏の作品紹介やインタヴューの映像も見てきました。
      7月末には渡仏してしまうので残念ながら辰野さんの展示には伺えませんが、
      以前銀座で見たリトグラフ作品もおそらくIdemでの制作なのだと思います。

      そしてIdemについての詳細な歴史的経緯もお教えいただきありがとうございます。
      元々のMourlot工房は東駅..パリの北の方にあったのですね。
      改めてきちんと調べて、訂正を反映させたいと思います。

      前回訪れたときは土曜日だったので、次回は平日の作業が行われている日に
      ぜひ見学させていただければと思っています。
      その際はまたご連絡いたしますね。

      Yukiko

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