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2/17/2013

ボナールのリトグラフ


先日訪れたパリの古書店で、
念願叶って
ボナールのリトグラフの本を入手しました。


美術評論家Claude Roger-Marxのテキストが添えられた版画集は、
ボナールの死後、かのMourlot兄弟によって刷られたもの。

奥付けには、画家が用いた技法、石版の数、インクの種類など
忠実に再現したとの言葉。

フランス国立図書館の版画閲覧室でひとめ見て以来、
刷りの美しさに感嘆し、
いつか自分の手元に置けたら...と夢見ていました。


でも、オリジナルでないとはいえ、
画家たちの信頼厚い刷師が手がけた版画集。

古本サイトで検索してみても400€〜1000€の値段が付いていて
とても手が届きそうにないなぁとあきらめていました。

それが、ある日ふと思い立って同サイトで検索していると、
何とパリ16区の古本屋で、50€で売られているではありませんか...!!
でも、他店と比べてあまりにも値段が違い過ぎるし、
半信半疑で行くだけ行ってみることに。

辿り着いたのは、立派な門構えの古書店。
扉を開けて中に入ると、ガラスケース付きの本棚に収められた
貴重書がずらり。
どちらかというと、良質の古書を高めの値段で揃えていそうなお店です。

ともあれ、奥から出てきたお姉さんに
この本を探しに来ましたとおずおずと文献カードを見せると、
突然の珍客に驚きつつも
パソコンでぱぱっと検索してさっと本を出してくれました。

ケースに収められた版画集は、
表紙も中身もしみや折れひとつない完璧な状態。
思わず、この本の素晴らしさをお姉さんに切々と語ってしまいました。
しかし、本当に50€なの...?と不安に思いつつ、
表紙の裏に貼ってあった付箋を見ると
案の定、"450€"の数字が。



ところが、
それに気付いてしょんぼりしてしまった私を見たお姉さんが、
「待って、その付箋は間違っていることもあるから」と
再度パソコンで確認するという予想外の行動に。

そうして、
「あら、数字が多かったわ、50€よ。これなら買えるでしょ。」とにっこり。
お姉さんは間髪入れずに付箋の"4"を消しゴムで消してしまいました。

でも、どう考えてもパソコンの"50€"が入力ミスなのに...と
どぎまぎしている私に口を挟む隙も与えず、
何で払う?と支払いを促し、
「あなたみたいな人が来たのは私にとってもcoup de foudreよ」
と笑いながら、あっさり版画集を売ってくれました。


古書店にいたのは、ほんの10分程度。
何だかわけが分からないまま
たったの50€とひきかえに夢の版画集を手にし、
しっかりと胸に抱きかかえて来た道を戻りながら、
ぼんやりとした私は、ようやく
お姉さんの優しさをじわじわと理解しました。







何度見ても美しい色合い...
一生大事にしたいと思います。

2/16/2013

ルオーとともに


またまた更新が滞ってしまいました。
最近も展覧会、演劇、コンサートなどなど足繁く通いつつも、
(特に今月〜来月はダンス月間になりそうです!報告はまた改めて。)
博論・ボナール関係の資料収集のスピードも上げて頑張っています。

でも基本はまったりとお料理をしたり、お茶をしながらおしゃべりしたり、
夜のキッチンでバレンタインのお菓子を焼いたり、
ほんわかと充実した毎日を過ごしています。


そんななか、
ここ最近無心に取り組んでいたルオーの版画集のテキストの
トランスクリプション(書き写し)が無事完了しました。

最初はじめたときは、
慣れないフランス語の高速キーボード打ちにどうなることかと思ったけど、
フランス国立図書館の貴重書閲覧室にしかない資料で、
閲覧にこぎつけるまでも各方面の許可証を要求され、
日本にいるときにはもちろんアクセスできず地団駄踏んでいたものなので、
執念と根性を発揮してしまいました。

初めて資料を手にしたとき、
受付にいたちょっといじわるそうなマダムが、
「写真はだめよ、昔の人はそのくらい手で写していたわよ」
と言い放った言葉が、かえって私の心に火をつけてくれたかもしれません。


現代の写本家になったつもりで、
もくもくとパソコンに打ち込み続けました。


午前中の3〜4時間は上階の貴重書閲覧室で写本、
午後は下階の普通の閲覧室で自分の調査という生活を2ヶ月ほど続け、
気がついたら最後の225頁目に達していました。

ルオー財団で見せていただいた貴重な書簡と合わせて、
もう少し体裁を整えて元職場にきっちり収めたいと思います。

ルオーがかつて暮らしていたアパルトマンはリヨン駅の近く。
アトリエの窓からも美しい駅の塔が見えました。




ルオー財団にも4、5回通って書簡の調査。
がちがちに緊張していた最初の調査の日に、
とても素敵なカップ&ソーサーでコーヒーを入れてくださってほっこりしました。



風合いある木のテーブルも、椅子も、
美しいレリーフがほどされたチェストもすべてルオーが使っていたもの。

壁にはルオーの小品や想い出の写真たち。

この上なく幸せな調査の日々でした。

調査結果をどうかたちにするかも考えつつ、
ひとまず目前に締切が迫った論文に集中したいと思います。

11/02/2012

ローザンヌと美術史


11月1日と2日、ローザンヌで開催された美術史のコロック、
XVe colloque de la relève suisse en histoire de l'art に参加してきました。

テーマは特になく、発表者の方法論を吟味するのがコロックの趣旨。

発表内容は、17世紀の活版印刷本の研究から、18世紀の画家のデッサン帳、
18世紀の室内装飾の修復、エリザベス1世の肖像画、
スイスの景観と観光ホテルの表象、
スイス現代アートのオーラル・ヒストリー、
そしてグラッセとヴァロットンと非常に多岐に渡っていました。

発表者はほとんどが博士課程の学生。
オーガナイザーも博士の学生だったので、とてもくつろいだ雰囲気でした。

パリに来てかれこれ3回目のコロックだったとはいえ、やはり緊張はします。
でも、スイス人の美術史の教授や学生たちはとてもsympa(優しくてフレンドリー)で、
発表の前の休憩カフェタイムや食事の時間にも興味を持って色々と話しかけてくれ、
参加者同士の仲間意識が程よく形成されたので、
落ち着いて発表することができました。
点数は70点くらいかな...でも今までの発表の中では一番良かったと思います。

質問やアドバイスもたくさんもらい、
終わった後も、あなたの言いたいことがよく伝わってきたよと
声をかけてもらえて、ほっと一安心。

2日間のコロック、新たな友人もでき、かけがえのない経験となりました。
何より、パリの美術史仲間ヴュイヤールさんと一緒だったので心強かったです。


コロック前日、10月31日にローザンヌ入り。
大学で用意してくれたホテルは、丘の上の瀟酒な建物。
夕方に着いたので、少しだけ旧市街を散歩しました。

坂の途中のお店にいた白いもふもふ。 一瞬で緊張の糸がほどけます...。

小さな旧市街は徒歩で充分。

ローザンヌのLouis Vuittonが草間彌生に染まっていました。




青い闇に浮かび上がる教会。


ホテルの部屋からはレマン湖を眺めることができました。

遠くから見るとちょっと瀬戸内海みたい...
やっぱり水辺は落ち着きます。



こちらはローザンヌ大学の構内。芝生では羊が草を食み、
その彼方にはレマン湖とアルプスの山々が広がっています。
東京やパリの大学では考えられない雄大な景色。
こんな大学で勉学に励んだら、 
まっすぐな心根の研究者がたくさん育つんだろうな...

2日目の発表を終えた後は、参加者全員でMusée de l'Elyséeへ。
庭園の向こうに湖を臨む美しい美術館です。


杖をついた眼光するどいおじいさんが開催中の写真展について解説してくれました。
NYのギャラリストHoward Greenbergのコレクションからおよそ120点を公開。
Cartier-Bressonをはじめ、Edward SteichenやDiane Arbusら20世紀アメリカの写真家、
チェコの写真家からMinor White、Robert Frankといった現代の写真家まで、
幅広い作品を上質なプリントで見ることができました。

彼は一体何ものだったんだろう。



9/29/2012

ブルターニュとジャポニスム 2012


秋の深まりの感じられるようになったレンヌで
9月27日(木)から29日(土)にかけて、
シンポジウム「ジャポニスムの領域」が開催されました。

2012年にブルターニュ全域で展開されているジャポニスムをめぐる展覧会の
関連企画の一環として催されたものです。

タイトルの「Territoires[領域]」という言葉には、
画像を比較することで構図やモチーフの影響関係を探る
従来のジャポニスム研究の枠を越えて、
人々の交流や政治経済、そして何よりブルターニュの地理的な条件が
ジャポニスムという現象にいかに作用したかを問うという意図が込められています。

そのタイトルに応えるように、
日仏から参加した19人の発表者たちの研究内容は多岐に渡っていました。

沖縄那覇から渡った工芸品や、憚りの椅子、春画、
アジアのアレゴリーに見る日本人娘のイメージ浸透の経緯、
フランスにおける日本の木版およびその技術の普及、
パリの日仏協会が19世紀末から20世紀初頭に果たした役割、
フランスで本の装丁に用いられた日本の千代紙など
これまであまり語られることのなかったジャンルに踏み込んだ発表。

フィリップ・ビュルティのコレクション目録調査、
美術批評家ギュスターヴ・ジェフロワによる日本美術についての言説といった
当時の美術批評家たちが残した資料の調査研究。

フランスの産業美術のひとつである陶器への日本美術の影響、
伊万里焼の流布といった陶器のジャポニスム。

また、フランスだけでなくアメリカの室内装飾におけるジャポニスム。

そして、日本人研究者により紹介された

河鍋暁斎とフェリックス・レガメの交流、暁斎の作品イメージの伝播、
ブルターニュBréhat島で制作に励んだ久米桂一郎の画業。

さらに、日本の文学作品、とりわけ俳句の受容にまで及んだ、
ジャポニスム研究の射程の広さを証明する濃密な3日間でした。

ジャポニスム研究の第一人者ゲイブリエル・ワイズバーグ氏は
Robert Blumが日本で撮影した写真とそれを元にした水彩・絵画作品についてのご発表。



学問の領域として純粋に刺激を受けながらも、
フランス近代美術を専攻する日本人研究家にとって、
ジャポニスムがほとんどオブセッションとしてつきまとうような
感覚にも襲われた3日間でした。

大学構内ではシンポジウムの開催に合わせて
日本の近現代写真家たちの展覧会がオープニングを迎えていました。
レンヌで植田正治や奈良原一高を見られるとは。



ところでブルターニュといえば日本でもお馴染みガレットが郷土料理です。
3日間お昼は息抜きも兼ねてレンヌ大学から程近いSaint Anne広場でガレットランチ。



白カビチーズやシードルのジュレ、生ハムなどパリとはひと味違うガレットの具材たち。
3日間食べても飽きませんでした。



ブルターニュの玄関口レンヌは、文化施設も充実しています。
調べてみると、フランス国内で初めて地方の公的資金を投入した
現代美術館を建設したのがブルターニュだそうです。

中に入る時間はなかったけれど、現代美術館や図書館が一緒になった複合施設の
まわりには人がたくさん集まっていました。



レンヌ美術館では、浮世絵と着物の展覧会を開催中。
姉妹都市の仙台から贈られた着物と、
日本人医師のコレクターによって寄贈された浮世絵。


改修工事を経て生まれ変わったレンヌ美術館は、
7年前に訪れたときの面影もなく、
色鮮やかな壁の新しい装いになっていました。



小さな壺の展示が可愛かった。



驚異の部屋を彷彿とさせつつ、現代の照明技術を駆使した展示空間。


絵画展示室の壁紙もカラフル。紫色はなかなか勇気がいる色だと思います。




レンヌ美術館が誇る代表作のひとつは、こちらルーベンスの《虎狩り》。
作品自体が大きいうえに、画面全体に動きが満ちていて、
実際に見ると非常に迫力があります。



もちろんゴーギャンやナビ派の作品も。


現代美術のコレクションも充実していました。





最終日、美術館を出るとすっかり晴れ渡っていたので、
7年前の記憶をたよりに街を散策。


そして見つけました、おいしいクレープ屋さんのある通りを。
名前は全然覚えていなかったのですが、坂道を登ったところにある
石畳の道という地形だけは頭のなかにぼんやりと浮かんでいました。


昔来たときは夜だったので、内装までははっきり覚えていませんが、
お店の大きさといい、雰囲気といい、間違いありません。




クレープに、ブルターニュ名物キャラメル・サレ、
そして自家製のチョコレートと生クリームという夢の競演。
ほっぺが落ちそうなくらいおいしかったです。





3日間の滞在中4枚目のクレープをおいしく食べ終え、
日が傾きかけた広場を抜けて帰路につきました。



8/18/2012

夜の美術館



今年開館60周年を迎える竹橋の東京国立近代美術館では、
「14の夕べ」と題して、8月26日から9月8日まで、
毎晩ダンスや音楽、パフォーマンスが繰り広げられるようです。

普段なら閉館してる夜の美術館でのイベント、
というだけでワクワクしてしまいますよね。
しかも会場はカラッポの企画展示室。
東近美に通い詰めた人なら、空間の変化も合わせて2倍楽しめそう。

ところで、「14の夕べ」はイベントとして開催されるものですが、
最近ではそんなにめずらしくなくなった美術館の夜間開館。
東近美(金曜は20時まで)をはじめ、国立西洋美術館、国立新美術館、
ブリジストン美術館、原美術館、Bunkamura ザ・ミュージアム、ワタリウム美術館
サントリー美術館、三菱一号館美術館、東京オペラシティアートギャラリーなどなど
曜日を限定して18時以降も展覧会を開けている都心の美術館はたくさん。
森美術館に至っては火曜日(17時まで)以外は毎日22時まで開館しています。

ちなみに欧米圏の美術館でも夜間開館はもはや常識。
パリでも、ルーヴル美術館は水曜と金曜が21時45分まで、
オルセー美術館は木曜日が21時45分まで、
ポンピドゥーは普段から21時まで開いていて、
木曜はなんと23時まで現代アートに触れることができます。

短い滞在期間でなるべくたくさんの美術館を回りたい旅行者にとっては、
(あんまりいないか...)有難いサービスですよね。
しかも、夜間開館の方が空いていることも多いです。

ですが、美術館が閉館時間を伸ばしている一番の理由は、
平日の日中はお仕事で自由時間がないという人にも展覧会を見てもらうため。
仕事帰りに気軽に立ち寄ってほしい、というのが願いです。


そんな夜間開館、きっとここ数十年で普及した美術館の戦略なんだろうな〜
と思っていたら、研究の資料集めの合間にこんなものを見つけてしまいました。



19世紀の美術批評家であり美術史家ギュスターヴ・ジェフロワ(1855-1926)が
1895年に著したMusée du Soir aux Quartiers Ouvriers(労働者たちの界隈の夜の美術館)
という本です。


ちなみにジェフロワといえばセザンヌが描いたこの肖像が有名。

モローやドーミエ、コロー、モネ、ルーベンス、ベラスケスといった作家論の傍らで、
美術館についての原稿もいくつか執筆しています。


「22時あるいは23時まで開いている労働と芸術のための夜の美術館を要請する」
という一文からはじまるジェフロワのこの本は、労働者たちが一日の仕事のあとに
訪れられるような夜間も開館する美術館の創設を提案する内容。

彼らが芸術を見てそこで感じるであろう共感を通じて、
見ることの喜びを育むこと、これが第一の目的です。

そして、実際の作品に触れることで、
彼らが物を作る欲望も刺激されるであろうと、
労働への還元も謳われています。

ただし、中世美術館やルーヴル美術館、装飾美術館といった
パリの中心部にある美術館を遅くまで開けるよりも、
とりわけ、労働者が多く住む3つの界隈—le Tempe, le Marais, le Faubourg Saint Antoine,
すなわちパリの東側に集中する地域に、
労働者のための新しい美術館をつくる必要性が訴えられています。

いかにも理にかなった主張に見えるけれど、
果たして当時のパリにそんな勤勉な労働者がどれほどいたかは謎......。

夜の美術館が実現したのかどうかも調べてみないと分かりませんが、
応用芸術の産業が花開いた19世紀末のフランスで
すでにそういう発想があったというのは面白いなと思いました。


6/07/2012

リトグラフ工房 Idem


モンパルナス、以前このblogでもご紹介した老舗画材店ADAMのすぐ近くに
門を構えるリトグラフ工房Idemを訪れました。

画家の友人の紹介で知り合った韓国人のアーティストの女の子が
昔スタージュをしていたということで、案内をお願いしてしまいました。

噂ではよく聞いていたIdem、その歴史は1880年まで遡ります。
はじまりは印刷屋のEmile Dufresnoyという人物が開いたアトリエ。
その後、地図の印刷を専門とするMichard氏の工房がこの場所を引き継ぎ、
1976年に、もともと東駅付近にあったMourlot(ムルロー)氏の版画工房が
ここに移ってきたそうです。

門をくぐって通路を進み、緑色の扉を開くと、
年季の入った道具や石版が無造作に置かれたスペース。

壁に目をやれば、19世紀末から20世紀、そして現代を彩る芸術家たちの
ポスターや作品が並んでいます。

そんな中で見つけたのはジョルジュ・ルオーのポスター。
Hommage à Fernand Mourlot(Fernand Mourlotへのオマージュ)と書かれています。
Fernand Mourlot(1895-1988)は、東駅のアトリエで働いていた刷師。

       

リトグラフを刷るには、巨大なプレス機を使いこなし、インクの微妙な調整ができる
職人技術が必要不可欠だったため、画家たちは自分の描いた下絵をもとに、
理想のマチエールと色彩を実現してくれる職人たちと仕事をしていました。

彼自身も職人気質であったルオーは、刷りへのこだわりも強かったようで、
最初に依頼した刷師ポタンの仕事が気に食わず、続いて刷師ラクリエールの元を訪れます。

1993年には、目黒区美術館で「ラクリエール版画工房・巨匠たちとの60年展」という
展覧会が企画されていることからも分かるように、
ラクリエールはピカソ、シャガール、デュビュッフェ、さらにフォートリエらの
作品を生み出した、フランス近現代版画史においてとても重要な工房です。

そして、ラクリエールの版画工房でリトグラフを制作した画家の大半は、
ムルローのアトリエの門も叩いていました。

1997年にムルロー氏がモンパルナスのアトリエを手放すことになり、
現在のオーナーであるPatrice Forest氏が工房をそのまま受け継いだ際に、
名前だけをIdemと改め、今でも職人たちの手でリトグラフが刷られています。
つい最近までブラックの作品を刷った(!)という職人さんも働いていたそう。

入口を抜けて工房に入ると、そこは太陽の光が降り注ぐ広々とした空間。
リトグラフの色彩を見極めるためには、やっぱり自然光が一番なのかもしれません。




このアトリエに並ぶプレス機では、マティス、ピカソ、ブラック、ルオー、
ミロ、デュビュッフェ、シャガール、ジャコメッティ、レジェ、コクトーら
並み居る20世紀の作家たちのリトグラフが刷られてきました。

現代ではディヴィッド・リンチ氏もここで制作を行っているようです。
さらに、日本人では辰野登美子さんも訪れたとのこと。




歴史と確かな技術に支えられたIdemの工房は
石版画のもつマチエールに魅せられた現代の芸術家にとっても、
かけがえのない場所となっています。

ちなみに、ここで働いている日本人の方が、
とても素敵なブログを書かれているので、ぜひご覧になってみてください。

5/21/2012

Ecole de Printemps 2012


またまたご無沙汰してしまいました。
波乱の2週間を乗り越えたので、久々に更新したいと思います。

先週一週間は、Ecole de Printemps(直訳すると「春の学校」)という
美術史研究者の研究発表会に参加していました。

毎年5月頃に5日間に渡って開催されるこのイベントは、
世界中の美術史専攻の博士課程の学生と教授陣がおよそ50人ほど集い、
1日の美術館訪問日を挟んで、残りの4日間は朝9時から夕方18時まで
発表を繰り広げるというもの。

毎年違う都市で開催されるのですが、昨年はドイツのフランクフルト、
第10回を迎える今年はパリ、そして2年後にはなんと東京での開催が予定されています。

今では世界中を舞台に繰り広げられる大会も、
仲の良い数人の教授たちの発案から始まったようで、
記念すべき第10回の座談会では、思い出話に花が咲くひとときもありました。



世界中といえど、中心になるのはやはりフランスとドイツで、
そこにイタリア、イギリスも加わり、
さらに今年はカナダ勢(フランス語が公用語のモントリオール大学)も大挙し、
そんななか、唯一の欧米圏外からの参加が3人の日本人でした。

発表は英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語ならどれを使っても良く、
質疑応答もこれらの言語が飛び交います。
ヨーロッパの方は、他の国の言葉がしゃべれなくても理解はできるようで、
ただただ言葉を越えてのハイレベルな議論に圧倒されるばかりでした。
発表はドイツ語、質問者はフランス語で返答は英語とか...。

そんな日本ではまず出会うことのなかった環境で、
パリで留学生活を共にする2人の研究者仲間とともに、
フランス語での発表に臨みました。

私自身の今回の発表テーマは、ボナールの「傘を持つ女」をモチーフとした
デッサンのリトグラフの連作において、
そのフォルムがどのような変遷を遂げているかというもの。

巷にあふれていたポスターや日本の浮世絵の影響だけではなく、
ボナールが何枚も試みたデッサンの過程で徐々にかたちに変更が加えられ、
また手の動きと記憶の層が幾つも重なって、
特異なフォルムが生み出されていることを示そうとしました。

そこで20世紀フランスの現象学者Michel Henryの
「Mémoire des formes tangibles [触覚的なかたちの記憶]」という概念を引き、
哲学的な考察へと結び付けた(つもり)なのですが、果たして...



上は1894年のデッサンとリトグラフ、下は1896年のデッサンとリトグラフ
 



質疑応答では、核心的な内容ではなく、突拍子もない質問も飛んで
あたふたしましたが、沈黙を避けるという目標だけはクリアしました。

発表後、イタリアの先生がずばり彫刻家メダルド・ロッソの名前を出して下さって、
私の言いたいことが少しは伝わっていたんだなぁと嬉しくなりました。

ボナールとロッソはフォルムに対しての同じ問題意識を共有していて、
今回の発表でも扱おうか迷ったのですが、時間が20分と限られていたので断念していました。


そんなこんなで発表や講演会の間は緊張と語学力の限界、そして睡魔と闘いながら、
休憩中のコーヒーブレイクや、毎晩セミナー後に様々な国の文化財団から提供される
シャンパン、ワイン、プチ・フール、チーズなどを片手に
色々な国の先生や学生たちとおしゃべりを楽しみました。

5日間終えてみて、何人か親しい研究者仲間ができたのが一番の収穫です。



そして全日程を終えた後は、一緒に頑張った発表仲間3人と、
つたない発表の様子を温かく見守ってくださった美術史研究仲間のお2人、
さらに博士論文を提出されたばかりの先輩の総勢5人の女子会で労をねぎらいました。

オペラ通りから路地に入ったところにある小さなレストラン。
内装やお店の接客の雰囲気もとても素敵で、お料理も本当においしかったです。


前菜はアボガドとトマト、蟹のタルタル。
メインはガンバス海老と鶏肉のソテー。ソースや付け合わせのお米も美味でした。


デザートはピスタチオのフィナンシェとさくらんぼのソルベ♪

お皿や盛りつけもお洒落で、また何か頑張ったときはこのお店に来ようと思いました。