2/17/2012

モンパルナス


ある朝、フランス語の学習のために聞いている
インターネットラジオrfiをBGMに身繕いをしていると、
いつもは政治や経済が主なニュースなのに、
"Picasso"や"Matisse", "Giacometti"といった聞き慣れた名前がふと
耳に入ってきて、思わず手を止めて聞き入ってしまいました。

はきはきとした口調の若い男性のインタビュアーと
深みのある声で、もぞもぞとしゃべるおじさん。
彼は、モンパルナスにある絵具屋さん[marchand de couleur]の主でした。


パリの中でも特に芸術家たちが集い、アトリエを構えた界隈と言えば、
まず最初に思いつくのがモンマルトルの丘です。
ピサロ、ルノワール、ゴッホ、ロートレック、ドガ、ユトリロ、
モディリアーニ、ピカソ... 数え上げればきりがありません。

しかし、もうひとつ忘れてはならないのがモンパルナス。
セーヌ河を挟んで、ちょうど反対側にある地区です。

モンマルトルの白いサクレクール寺院と
黒々と聳えるモンパルナスタワーも対照的。
どちらも遠くからでも見渡すことができるシンボルマークです。

そんなモンパルナスを訪れる機会があり、
この絵具屋さんにも立ち寄ってみることにしました。

店の名前はADAM。創業1898年。

1912年から1913年のあいだ、ピカソがモンマルトルを離れて
マティスに加わるためにモンパルナスに移ってくると、
他の大勢のアーィストたちも後を追いました。

そしてモンパルナスの少し北にはガートルード・スタインの邸宅。

さらに、モンパルナス駅を南に下った通りに住んでいたジャコメッティも
ADAMを利用していたようです。

20世紀後半に入ってからも、ジャン・デュビュッフェ、イヴ・クライン、
ニキ・ド・サンファルといった現代アーティストたちの多様化する受容に応えるため、
彼らのためだけの特殊な素材を生み出していたというのだからすごい。
もはや、画材屋の域を越えています。
ADAMがなければ、独特のマチエールや色彩を持つ彼らの作品はなかったかもしれない。

...と色々と思い浮かべながらたどりついたそこは、意外にもポップな外見。
でも、一歩中に入ると多種多様な画材が空間を埋め尽くしていて、
老舗画材屋の面目躍如たる趣きがありました。







その後で通りがかったピカソ広場と名付けられた交差点には、
ロダンのバルザック像が白く照らし出されていました。





1891年、ゾラが推進する文芸家協会からバルザック像の注文を受けたロダンは
試行錯誤を重ね、7年もの歳月をかけて完成させますが、
1898年のサロンでは、「彫像というよりも奇妙な一本石」
「人間の脳みそが摘出されている」などと酷評される羽目に。


さらには、ドレフュス事件を発端としたバルザックの支持者と敵対者の対立も災いして、
注文主である文芸家協会は作品の受け取りを拒否。
結局ロダンは作品の行く末を危惧して自宅に持ち帰りました。


ロダンの死後、再評価が進み、1939年にモンパルナスのこの広場に設置され、
今でもこうして道行く人を見下ろしています。

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