10/31/2011

ガートルード・スタイン



リュクサンブール公園から西に数百メートル、
こぢんまりとした古本屋や、文房具屋、カフェやケーキ屋が並ぶ
通りをふらふらと歩いて行くと、左手に
装飾のほとんどない、落ち着いた石造りのアパルトマンが現れます。
現れると言っても、よほど注意していないと通り過ぎてしまいそうなほど、
これといった特徴はありません。


つやつやとした黒い門の右上に取り付けられた金色のプレートには、
「ガートルード・スタイン」の文字。
そう、アメリカ人の作家でありコレクター、ガートルードが40年間暮らした家です。









扉越しに中をのぞくと、手入れの施された中庭が見えます。
全体を視界に収めようと道路の反対側に渡って振り返ったとき、
黒いマントにボルドー色のマフを巻いた紳士が、
住人の慣れた手つきで鍵を開け、扉の奥に消えていきました。


ここ1ヶ月の私が、スタインに興味を示すようになった理由はいくつかあります。


まずひとつは、パリのグラン・パレで開催中の
「マティス、セザンヌ、ピカソ... スタイン家の冒険」展。


2011年10月5日〜2012年1月16日
http://www.rmn.fr/francais/les-musees-et-leurs-expositions/grand-palais-galeries-nationales-9/expositions/matisse-cezanne-picasso-l-aventure


タイトルにある通り、スタインがコレクションしていた
マティスとピカソの展覧会という趣きが強いですが、
綿密な調査に基づき、スタインが所有していた作品を
世界各地から集めた意欲的な展覧会です。


その証拠に、カタログも450頁を超える大著で、
帰国の荷物を不安に思う留学生を悩ませるに十分な重さ。


この展覧会の関連企画として行われたシンポジウムは、
スタインの文学に焦点を当てた発表が多く、
日本だと、北園克衛の詩について言われているような
言葉の抽象性ということが繰り返し語られていました。


スタインが面白いのは、自らの詩のスタイルを、
セザンヌやピカソの絵画からヒントを得て確立していったところ。
このあたりの経緯は、金関寿夫さんの『現代芸術のエポック・エロイク 
パリのガートルード・スタイン』(青土社、1991年)をご参照ください。


金関さんの著書は、自身の体験談も交えながらスタインの人物像に
迫っていて、読み物としても非常に面白い本です。


にわかスタインファンになった2つ目の理由は、
以前このブログでも書いたウッディ・アレンの映画「真夜中のパリ」
にスタインとその邸宅が登場していたことです。


この映画を見るまでは、スタインというとやはり
ピカソやマティスのコレクターというイメージが強かったので、
映画の中とはいえ、文学について生き生きと語るスタインの姿が
新鮮に映りました。


こうして私がスタインという女性に惹かれるようになったのは、
パリに来てからの全くの偶然なのですが、
実は、その伏線は日本にいるときにすでに張られていたのです。


パリへの留学を決めて、抱えていた仕事のまとめに取りかかっていた
私の机の上に、ある日突然置かれた1冊のフランス語の本。


表紙には、S女史の達筆な文字で「館長より、留学に当たってぜひこの本を読むように」
という趣旨のメッセージが書かれた付箋が乗っていました。


その頃の私はパリでの新たな研究課題について思いを巡らせる心と時間の余裕などなく、
本のコピーを取らせていただいて、上述の金関さんの本だけはアマゾンで取り寄せ、
予習もしないまま、とにかくパリまで持って来たという有様でした。


ですが、偶然が重なってスタインに関心を注ぐようになり、
しかも館長の有難いお告げのおかげで、手元に資料まであり、
(特に金関さんの本は貴重な入門書となりました)
気付けば、かつての邸宅まで足を運んでいたという次第です。





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