ハンガリーの劇団による、
アルフレッド・ジャリの不条理演劇「ユビュ王」を見て来ました。
1896年の4月に出版された戯曲の表紙には、
ジャリ自身の手によるユビュ王の肖像。
まあるい大きなお腹とちょっとまぬけな面構えが特徴です。
あらすじは、
卑劣で残忍で滑稽なユビュ・パパが、ポーランド王Venceslasを暗殺し
王位を簒奪して欲望と思いつきのままに悪事の限りを尽くすも、
Venceslasの息子Bougrelasによって追放されるという
どうしようもない物語。
ジャリによるユビュ王の構想にはモデルがいて、
それが高校時代の教師だったというから驚きです...。
今回の公演の舞台はオペラ座近くの広場に面した
Théâtre de l'Athénée-Louis-Jouvet。
由緒ある劇場で、創業は1880年、Eden-Théâtreとして出発しました。
その後幾度か劇場名を変え、建物も改修を加えながら
1896年にThéâtre de l'Athénéeの名を冠し、
最後の大規模改修を終えました。
美しいファサードに覆われたエントランス。
内部はイタリア風の劇場で、
天井にはインドのモチーフによる装飾が施されており、
ヒンドゥー教寺院の美学を取り入れ、エキゾチックな壮麗さで世に聞こえた
Eden-Théâtreの名残となっているようです。
奇しくも同年のパリで産声をあげたジャリの「ユビュ王」とThéâtre de l'Athénée。
本公演の舞台美術はいたってシンプルで、
コの字型に配された電飾がつり下げられたのみ。
あとは舞台中央に鎮座する紙のロールが、
演出の要ともいうべき役割を果たしました。
ユビュ・パパと皆から呼ばれるユビュ王のまるまるとしたお腹や、
その妻ユビュ・ママの誇張された胸やお尻の膨らみ、
その他役柄に合わせた体型や装身具を、
この薄い紙を広げて衣装のなかに詰めたり、
ぐるぐる巻きににしたりして表現していきます。
着ている衣装はみな同じねずみ色の服で、 紙を丸めて作った体型によって、
場面ごとにユビュ・パパやユビュ・ママはじめその他登場人物を演じる
役者さんが次々入れ替わっていくという演出も面白かったです。
ところで、ユビュ王の初演は1896年12月10月。
演出はリュネ・ポー、舞台装置や衣装はナビ派の画家ボナールやセリュジエら、
そして音楽はボナールの義弟クロード・テラスが担当。
初演では、ジャリ自身が聞き取れないほどのか細い声で導入文を読み上げ、
ユビュ・パパの第一声「Merde! [くそったれ!]」の声で始まった
前代未聞の不条理劇は、のちのちまで語られる大スキャンダルとなったそう。
新聞でも賛否両論飛び交ったものの、
詩人マラルメが自身の飼い猫に
「ムッシュー・ルビュ」「マダム・ルビュ」と名付けたり、
ボナールが飼い犬に「ユビュ」と名付けるなど、
一種の社会現象まで巻き起こした様子。
1898年にはボナールが制作したマリオネットによる上演も行われています。
とりわけ同時代および後世の芸術家たちに与えた衝撃は本物だったようで、
上演にも関わったボナールがユビュ王の暦を作ったり、
ルオーやエルンスト、ミロといった画家たちはユビュ王の肖像を残し、
ルオーに至ってはヴォラールとの合作で版画集まで制作。
ブルトンを中心にしたシュルレアリスとたちにも熱烈に受け入れられました。
ジャリのイメージに近いものから、かけ離れてしまったものまで、
「ユビュ王展」をやったら面白そうですね。
ボナールによるユビュ王をモチーフにしたアルファベット。
ボナールによるユビュ王の暦。(1899年)
エルンスト《ユビュ皇帝》(1923年)
ヴォラールとルオーの版画集『ユビュ親爺の再生』(1932年)
ミロ《ユビュ王 : 戦争》(1966年)
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