軽井沢のセゾン現代美術館で開催中の「引き裂かれる光」展
は以下の3名がキュレーションを担当した異色の展覧会。
ブルー 小林康夫先生(東京大学)
むらさき 篠原資明先生(京都大学)
レッド 難波英夫氏(セゾン現代美術館館長)
こうして並記されると子ども向け戦隊もののヒーローみたいで
ちょっと笑えます...。
エントランスの看板。若林奮氏の鉄とのコントラストがかっこいいですね。
展覧会は、青と赤、そしてその間にある紫の3色をテーマに、
それらの色が象徴的に使われた作品を展示するというもの。
ブルーならばサム・フランシスやイブ・クライン、アニッシュ・カプーア、
むらさきは中西夏之や中村一美、
レッドはマーク・ロスコや横尾忠則、ジャン・ティンゲリーと
まさに色以外は共通項がなさそうです。
しかし、岩に顔料をまとわせたカプーアによる《天使》の青が
クラインへのオマージュであるように、
色そのものが作家の制作において重要な意味を持つことがあります。
ちなみに、それぞれの色の展示には副題がついていました。
青は「ブルー・カタストロフィー」
黒田アキ氏の《ブルー・マグマ》やクライン、ポロックに囲まれた空間に置かれたのは
アバカノヴィッチの《ワルシャワー40体の背中》。
背後から見ると首のないブロンズの背中が40体並んでいて
それだけでも充分異様ですが、
正面に回り込むと内部は空洞になっていて不安を煽ります。
思い浮かんだのはデレク・ジャーマンの「ブルーは目に見える闇の色」という言葉。
それ自体青色は使われていないアバカノヴィッチの作品は、
人間の身体に開いた闇によって、
ブルーのカタストロフィックな深淵をのぞかせているように思いました。
紫は[むらさき]という括弧付きのタイトル。
インタヴューによると、滝に見立てたフォンタナの作品の前に置かれた
賽子(篠原先生自身の作品)が沈み、
それが再び紫の飛沫となって隣の会場に散らばったという
構想だそうですが、さすがに解説がないと分かりませんでした。
赤は「レッド・イリュージョン」
ティンゲリーの《地獄の首都No.I》は
資本主義社会の虚を批判とユーモアで見つめた作品。
展示室奥に掛けられたロスコの《ナンバー7》は
赤で満たされた眼を紫から青へと送り返してくれるような
深さを内包しています。
常設展の方は、予算の制限もあるのでしょうか、やや残念な空間。
せっかくの作品がもったいない気がしました。
美術館から一歩踏み出すと、広がるのは一面の緑。
庭は彫刻家若林奮氏による設計です。
蚊と闘いながらぐるっと一周して帰路につきました。
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