4/15/2012

Fondation Ricard "ça et là / This and There"


コンコルド広場近くにアートスペースを構えるFondation Ricard
展覧会オープニングに行ってきました。

Ricardとは、みなさんご存知お酒のメーカーです。

私は全然知らなかったのですが、連れて行ってくれた
フランス人のアーティストのたまご君によると、
Fondation Ricardとはパリの現代アート界で最も影響力がある財団のひとつで、
Marcel Duchamp賞に次いで、Ricard賞が現代若手アーティストの登竜門になっているようです。

スペース自体は、いたってシンプルなホワイトキューブ。
立派なパリの建造物のワンフロアにあり、ギャラリー空間へと続く
大理石の階段には赤い絨毯が敷かれていました。

この日オープンする展覧会は少し特殊なもので、
本当の展覧会場は世界中の街中。

ギャラリーでは、その展示プランだけ(おそらくカタログのゲラ)を
壁にピンで無造作に留めてあります。

それでも、会場はまたたくまに人で埋め尽くされて行き、
Fondation Ricardへの関心の高さが伺われました。






日本人の唯一の参加は、LAの田中功起さん。
全ての作品やパフォーマンスを見に行けるわけではないけれど、
世界中で展覧会が進行中というだけでわくわくしますね。


余談ですが、ヴェルニッサージュではやはりRicardのお酒がふるまわれ、
グレープフルーツジュースだと思って手に取った飲み物が、
劇的にまず....衝撃的に奇妙な味で、
アニスのお酒とのことでしたが、
普段ショコラ・ショーと紅茶とハーブティーとワインばかりをたしなむ舌には
残念ながら拒絶されました。




セーヌ河の夕暮れはいつも見とれてしまいます。
特にこの日は雨の後だったので、空気の透明感が格別でした。


ホワイトアスパラとレモン


風まだ冷たいですが、パリにも春らしい日差しが毎日降り注ぐようになりました。
一度は初夏のような暑さになったり、かと思えば気温がぐんと下がったり、
なかなか安定しませんが、それもパリらしい気候です。

ところで、フランスの春先の旬の野菜といえばホワイトアスパラ。
ということで、ラスパイユ大通りの、観光ガイドにも載っているらしい
日本人客で溢れるビオ・マルシェで立派なアスパラを2本仕入れてきました。

その他にもオーガニックのいちごやレモン、たまご、
バナナマフィン、スコーン、すみれの石けんなど....。
実はこちらに来て初のマルシェを大満喫。




ホワイトアスパラは、グリーンアスパラに比べてアクが強く筋が多いということで、
ピーラーで皮をしっかりと剥き、レモン汁と塩を入れたお湯で茹でます。
少し、くたっとなるくらいがちょうど良いみたいです。


ソースは、オーランデーズソースという、
卵とバター、レモン汁のシンプルなものにしてみました。
ソースの濃厚さとホワイトアスパラのほのかな苦みがよく合います。


ところで、ホワイトアスパラとレモンといえば、こちら。





オルセー美術館の5階展示室にさりげなく鎮座するマネの2点。
《オランピア》や《草上の昼食》でスキャンダルを巻き起こし、
19世紀のパリを生きる市井の人々を多く描いたマネ。

でも私はとりわけマネの静物画がとても好きです。
「オルセーで一番好きな絵は?」と聞かれたら、この2点を挙げます。


あんな挑発的な絵でスキャンダルを巻き起こして、
マネは型破りの奔放な人物だと誤解されがちですが、
実は生まれながらの繊細なブルジョワジーで、
自分の絵が同時代の人々に正当に評価されることを誰よりも望んでいました。

マネの手紙や文章を読むと、
自分の作品を面白おかしく揶揄したカリカチュアなどにも
いちいち落ち込んで、思い悩んでいたようです。

そんなマネが、気晴らしにでも描いたのか、
アスパラ1本とレモン1個という潔さも、
小品でも確かに際立つタッチと色彩感覚のバランスも、
すべての要素がこれぞ「絵画」と慎ましやかに主張しているようで、
愛すべき作品だとひそかに思っています。

4/12/2012

浮気心

もちろんポチが一番なんですが....

七代目豆助もかわいすぎる。








コロふわ感がたまりません。
しぐさ、表情、鳴き声、全てに癒されます。
DVD欲しい...。

ちなみに今は八代目になっているようです。

3/30/2012

Little Fukushima T-Shirts


日本館の展覧会企画でご一緒させていただいた
アーティストであり、エコール・デ・ボザールの教授でもある
Jean-Luc Vilmouth先生が、つい先日、日本へと旅立ち、
東京で、福島と原発について考える展覧会に参加されるようです。

優しいオーラを纏ったとても気さくな方なので、
東京にいる皆さん、ぜひオープニングに行ってお話してみてください。

彼は約1ヶ月の滞在で被災地を訪れ、
東北芸術工科大学の協力のもと映像作品に取り組む予定とのこと。









変わるものと変わらないもの



イスラエルの彫刻家ダニ・カラヴァン氏は、とあるインタヴューでこんなことを語っています。


I still have my doubts. I cannot understand how during the Nazi occupation,
artists sat in the south of France, under Vichy control, and painted such beautiful and tranquil landscapes.
(Hava Karavan, An interview with Dani, Paris, 1997.)


ナチスの侵略を受け、ヴィシー政権下に置かれたフランス(1940-1944)で、
南仏に身を置いた作家たちはなぜこれほどまでに美しく静かな風景を描くことができたのか。


この問いを投げかけた彼の頭には、晩年ニースに暮らしたマティス、
そしてル・カネに移り住んだボナールの作品が浮かんでいたことと思います。


ボナールの研究書をいくつか読むと、
南仏の明るい光に魅せられてル・カネに移り住み.....
という説明を幾度となく目にします。


しかし、第二次世界大戦が起こらなければ、
彼が長年画家として活動してきたパリを完全に離れて、
南仏の地に腰を据えることはなったでしょう。
ボナールがパリ近郊のVernonに持っていた家を売り、ル・カネに移り住んだのは1939年。
再びパリに降り立ったのは、終戦後の1945年7月でした。


どんな経緯があったにせよ、ボナールが晩年の5年間ル・カネに定住し、
そこで類い稀な風景画と裸婦像を多く制作したこともまた事実。


ル・カネという地を抜きにして、ボナールの作品は理解できません。
そんな場所を訪れることができたのは本当に幸いでした。




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ところで今回泊まったホテルはPark&Suites
本当はスタンダードの部屋を予約していたんですが、
受付のお姉さんと話しているうちに、今はお客さんもほとんどいないからと
眺めの良いスイートルームに変更してくれました。


テラスからは、ル・カネの家並みが一望できます。
大きなベッド、バスルームには夢にまで見た浴槽....3日間たっぷり満喫しました。




市役所の隣にオープンしたボナール美術館が今では街の中心になっています。
ボナールが暮らした時代から存在していたホテルを改築した建物。
展示室も小さめで、まだまだ収蔵作品の点数も少ないですが、
年配の夫婦や子どもたちもたくさん見に来ていて、
地元の人に愛されている美術館であることが伝わってきました。



こちらはボナール美術館の後方に建つ、学芸員の方々のオフィス。
別荘みたいですよね...。こんなところで働けるなんて本当にうらやましい。
作品はあまりないからと、資料やカタログを快く提供してくださいました。



ル・カネは猫の街。あちこちで気ままにくつろぐノラ猫たち。



パステルカラーの素朴な家々も南仏らしい佇まい。










思わずノックしてみたくなります。


美術館の裏手の坂と階段をぐんぐん登ると、ボナールの散歩道に出ます。
昔は水路が流れていたようですが、今は埋め立てられて山の小道になっています。


 

ボナールの絵にも描かれた小さな家。そのままの姿でまだ残っているなんて...。




あちこち見回しながら山道を歩いていると、美しい草木のトンネルに出会いました。
光と影が織りなす緑色のグラデーションが開く幻のような空間。



地面に落ちる光の斑点。ボナールが風景画で黄色やオレンジ色の上に重ねる白は、
きっとこの光の感覚なんだろうと実感することができました。


ル・カネからは、カンヌの街も見渡すことができます。



そしてボナールと妻マルトが暮らした家 Le Bosquet[茂み] もそのまま残っています。
ボナールは自分が買って棲んだ家にそれぞれ名前を付けていました。
ご遺族の意向により門は固く閉ざされていますが、
室内は画家が暮らした状態のまま保存されているそうです。


ばら色の壁、庭に生い茂る樹々、門へと続く階段....。
この家では、室内画や、水浴するマルトの裸婦像、
バルコニーからル・カネの街を俯瞰した風景画が何点も制作されました。



Le Bosquetへと通じる階段を描いたこの眩い作品は、ポーラ美術館蔵です。




ボナールの家から少し坂道を下ると、遠方に広がるエストレル山脈や家々と、
視界を覆う樹々とのコントラストが生み出す不思議な距離感に戸惑います。




そして街のあちこちで、サクラやミモザの花が咲き乱れていました。


 


ひまわりがゴッホの花なら、ミモザは紛れもなくボナールの花です。







ボナールが描いたいくつかの風景の前には、こんなパネルが立っていました。
今はまだ6 箇所くらいですが、きっとこれからどんどん増えていくことでしょう。



 高台の上のベンチに座って、夕暮れ時の色彩の移ろいを心ゆくまで眺めていました。



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1942年にはイタリア軍、1943年にはドイツ軍の統制下に置かれ、
レジスタンス活動も展開されていたカンヌ。


戦争の騒乱と不条理をすぐ側に感じながら、ボナールはなぜル・カネの風景を、
世界の光や奥行きだけを描き続けることができたのか。


1946年、亡くなる直前のボナールはこんな言葉を書き付けています。

J'espère que ma peinture tiendra, sans craquelures.
Je voudrais arriver devant les jeunes peintres de l'an 2000 avec des ailes de papillon.


私の絵画がひび割れることなく保存されることを願う。
私は蝶の羽根で2000年の若き画家たちの前にたどり着きたい。




この言葉は、2005年のパリ市立美術館でのボナール回顧展の会場で、
一番最後の壁面に刻まれていました。
100点近くのボナールの作品を見終えて靄に包まれたような身体に、
たった2行に凝縮された画家の切望がずしりと響いたことを今でも覚えています。


世の中を揺るがすような出来事が起こったとき、
いち早くそれに反応を示す作家の作品は私たちに考え行動する力を与えてくれます。
でも、どんな事態に直面しても変わらないという姿勢にもまた、
ひと筋の信念を見出すことができるのではないでしょうか。


画家ボナールにとって、
自分の目の前にひろがる世界と向き合い、
カンヴァスに絵筆のタッチを黙々と重ね続けるという行為は、
たとえどれほどの遠回りであっても、
未来へと繋がっていたのだと思います。

クスクス



最近食べたなかで一番おいしかったものを紹介します。

パリの11区にある、Mon Villageというクスクス屋さん。
クスクス通の先輩に紹介していただき、
パリに遊びに来たグルメな友達と早速訪れました。


クスクスの発祥は北アフリカ〜中東にかけてですが、
今ではヨーロッパや南米でも食べられているようです。
確かに、パリのスーパーに行くと、パスタと並んで必ずクスクスコーナーがあります。

私が初めてクスクスに出会ったのは7年前の留学のときで、
チュニジア人の友達が作ってくれました。
そのときは何か不思議な食べ物だな〜くらいにしか思わなくて、
今回の留学でも初めてクスクスを食べたのはつい数週間前です....。


でも、よくよく考えたら、
クスクスの粒と、野菜のスープ、そしてお肉というのはちょっとしたごちそうですよね。
しかもフランス料理に比べたらお値段もとっても控えめ。
つぶつぶとした白いクスクスを木のスプーンでサクっとすくう感覚がクセになります。





クスクスの味の決めてはやっぱりスープ。
Mon Villageのスープは野菜がいっぱいで、スパイシーなんだけど、
深みのあるやさしい味わい。スープだけでもおいしくいただけそうです。
しっかり煮込んだ野菜というだけで、日本人には嬉しい。


もうひとつ、おいしかったのはハーブを練り込んだミートボールのようなもの。
クスクスの付け合わせにはメルゲス(仔羊のソーセージ)が定番ですが、
ハーブのさわやかさで食が進みました。



この日はアルジェリアワインを2人で1本、空けてしまいました。


次回は、要予約のタジンにも挑戦してみたいです。

ちなみに、東京にお住まいの方へのおすすめは、三軒茶屋のDar Roiseau
エコー仲見世のなかにある小さなお店ですが、内装も素敵で、看板猫もいて、
クスクスやタジンがとってもおいしいです。


3/28/2012

黄昏の山登り


先日アップしたサクラの咲く山頂は、
今こうして時間と空間を隔てて見るとなかなかの絶景スポットですが、
お花見の季節でさえ、ふもとに住んでいる人たちがあえて登ることも
ほとんどないひっそりとした場所です。

しかし、ポチが我が家にやって来てからは、
海岸の散歩だけでは飽き足りず、そのまま山にも登ってしまうことも。


ちなみに、地形としては海岸に山が突き出しているようなかたち。
もこもことした樹々の塊の上の方にサクラの木が生えています。




登り口で、遠方を見やるポチ。絵になりますねぇ....。


山の名前は「塩生山」のようです。この写真で初めて認識しました。
頂上までは280m。至極のんびりとした私の足でも20分〜30分くらい。



木漏れ日を浴びて、キラキラと柴色に輝く毛並みがまぶしい。


飼い主の目からすると、このポチは最高に愛らしく写っています。


しかし、上方から撮られると少しずんぐりむっくり....。
やっぱりダイエットが必要です。


頂上は、リードなしで駆け回れる貴重な場所のひとつ。
見て下さい、このしなやかな疾走を。



でもすぐに疲れて一休み。こういうところだけ飼い主に似てしまいました。


ぼんやりしているうちに、すっかり陽も落ち...
瀬戸内海の島々が薄紫色に浸されていく様子は、やっぱり絶景ですね。


実家の前の小道を30メートルほど行くと、海に面した道路に出ます。
小さい頃から見続けてきた風景。





向こう側に広がる陸地や、穏やかな水面を進んで行く船の明かりは特別に感じられました。